整復師と診断権(整復師診断書取り扱いについての参考)
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整復師と診断権(整復師診断書取り扱いについての参考)

2014年08月29日(金)10:55 PM協同組合日本接骨師会

                                   整復師と診断権

 

 「診断権」問題は「資格と制度」に関する最も根本的問題です。今までの、診断権を医師の独占としてきた認識が、実は医師のみが行う分野の診断をもって、整復師との共通分野でも診断があるものを無視するような、医師の都合を慮かった厚生省の整復師診断を否定する誤った行政指導とした問題であることが分りました。国民のための医療制度を特定資格者・医師のための制度と化す行政指導の誤りです。法律と行政指導の混同です。整復師医療の診断→検断、初診→初検、再診→再検、診察→検察などは、国民には到底理解困難です。そして、政・官・業癒着構造下の既成団体社団法人日本柔道整復師会には、こうした問題の取り組みは強者・医師に楯つくものとして到底困難でした。国民のための制度を資格者のための制度とする誤りの典型認識です。

 個人契約者が社団法人団体に代表される既得権乱用社会の非を糺す取り組みの結果、ようやく厚生省も法律と行政指導の混同を正す取り組みとなりました。さらに、警察や検察にも正常化への理解と協力を要望しました。公明党の理解と協力により大きく正常化が進みました。同じ整復師をはじめ関係者制度の旧態依然な者による妨害と障害を超えての成果です。国民のための整復師制度への一歩前進です。この成果はすべての整復師医療選択の患者にもたらされるべきものです。以下、当会会報報告を基にさらに活動に用いた資料も添えて各位の業務の正常化の参考に供します。

 

 

                                柔道整復師と診断書

 

 従来、柔道整復師社会では「診断」及び「診断書」などの医療用語の使用が医師法違反になるとして不可とされていました。実際の整復師業務は医業・医療であり、この中に診断は不可欠の要件であり、これを否定することは整復師業務自体の否定となります。これは矛盾です。だが、なぜ、このような矛盾が行なわれ、また、それを是認していたのかという問題です。こうした矛盾の原因もそしてこれを是認した理由もいずれもその根本は資格と制度の理解を誤り、その誤りを強行した者と誤りを正そうとしなかった者の誤りです。

 

国民のための制度を資格者のための制度とする誤り

 「制度」が国民のためにあることは誰も理解しているところです。だが、制度が「資格者」によって構成されることが多いことから資格者のための制度とされることがあります。

国民よりも資格者のための制度という訳です。実は、わが国は政・官・業癒着構造社会でした。この事の被害と弊害は殆どの制度で見られました。規制緩和と行政改革はこの具体的改正です。国民のための制度を特定資格者のための制度とし、国民よりも特定資格者の利益獲得を正当化する問題です。既得権問題はこの典型です。

 

 

「整復師の診断書」に見る資格と制度の誤り

    整復師業務が医業であり医療であることは整復師自身はもとより国民も理解しています。医学・医療の構成要件に「診断」が不可欠の要件であることは多くの医療事件の判決が示すところです。整復師業務に関する裁判でも常に問われています。即ち、整復師業務は医師医業「全分野医業」に対して一定の制限のある「部分医業」であるが、だが、部分医業といえども当該業務に当然求められる必要な診断を否定することは誤りの理解です。部分医業といえどもそこに必要とされる診断は決して全分野医業と対比され否定されるものではないということです。

 厚生省は、国民のための医療用語を資格者(医師)のための用語としました。この中に診察・診断・診療などの用語の妨害があります。診断書もあります。これらが部分医業といえども整復師医療の要件にあることは言を要しません。整復師業務が国民のためにあることは当然のことです。しかし、厚生省はこのことを否定しました。医師の使用する医療用語の使用は不可としました。同じ用語の使用は国民に医師と整復師の相違の理解を困難とし混乱させるということです。だが、この考え方は本末転倒です。即ち、たとえどのような共通医療用語を使用したとしても、それぞれが資格に基づく業務を行うものであり、その際、共通業務があれば共通用語の使用はむしろ国民の理解に参考となり役立つというものです。甚だしくはまったく別の分野にあっても「例示」に用いることがある程です(教育診断、経営診断など)。厚生省の医師への配慮からの取り扱いとして、整復師の適正・正当医療用語の排斥は国民のための医療用語を医師の所有物と化す不適当な取り扱いです。

 従来、厚生省は、整復師の診断書について「医師法違反」としていました。法律違反ということでした。しかし、当会から国会を通してこの疑問を糾したところ、「法律違反」ではなく「行政指導」であるとしました。遅れ馳せながら法律違反から行政指導の表明となりました。一歩前進です。だが、今度は「行政指導」の本旨が問われることになりました。

 

「診断書」正常化の取り組み・既成概念整復師の障害

    「診断書問題」の意味が如何に大事なものであるか理解できたと思います。整復師業務の根幹にかかわる問題です。当会は厚生省はじめ各関係当局に正しい理解を訴え、ようやく各方面より理解が進んできました。こうしたなかで最も困った問題のひとつに既成概念に凝り固った同じ整復師の障害問題があります。同じ整復師であるために、この整復師を通して関係者が相変わらず誤解の中での取り扱いとなる障害です。自己の誤解を他に及ぼす問題です。日常の業務の中では誰もが無意識のうちに適正な医療用語を用いているのに、正常化のための取り組みとなるととたんに妨害者と障害者になる問題です。新しい意識のもとの取り組みが求められる次第です。

 当会は、診断書問題を解決するために次のような取り組みを行っています。

 

 

 

                         ☆☆☆最高検察庁への要望☆☆☆

 

 

 整復師の診断書問題として最も多く遭遇するものに交通事故患者の診断書提出があります。この事については当会会報第182号(平成10年5月号)でも特集紹介しましたが、全国の警察本部に理解と協力を要望しました。当局による国民の整復師医療選択妨害防止の要望です。漸次理解が進んできましたが、しかし、なお一層の努力が求められます。本件問題の本態は「証拠能力」に対する取り扱いとされます。このことについて、従来は、医師の診断書は証拠能力を「有」とし、整復師には「無」としていました。これが如何に皮相的認識であるかは従来の整復師の既成概念の例に見るとおりです。そこで、新に、正常化のために最高検察庁に次のような要望・懇談を行いました。

 

 

 最高検察庁 要望  ←クリックして資料をご覧下さい

 

 

本件要望に関して懇談を得ましたが、その際、次のようなことを理解しました。

 

 

                        最高検察庁懇談会「懸案」に対する協同組合日本接骨師会の理解と努力

 

 

 協同組合日本接骨師会の要望は理解できるが、直ちに、整復師を対象とした特別な対策措置が困難な理由と、反対から見て、整復師を対象とし問題防止対策の具体的措置は困難だが、(協)日接会の指摘は理解できる。

以上は、同じことを表したものです。

 このことは次のような大事なことを示唆するものです。

 

1.わが国の「正義」を行い護る検察が仮初にも反社会的な違法.不法.非法なことを行うようなことは許されない。

2.この度、(協)日接会から問題(患者の受診妨害、整復師の名誉棄損、営業妨害)として、指摘され注意されたことは厳に慎まなければならない。

3. 一方、「一般的指示」の「医師の診断書を添付して送致する」が直ちに整復師を否定するものとはしていない事の理解。

具体的には個どの取り扱いの中で整復師作成のものでも受付られる。

4. 他方、本件「証拠」の取り扱いは、実は、検察庁の都合で判断・決定されるものではなく、裁判の中で裁判官の取り扱いとされます。この中に整復師作成を理由に拒否・否定するとはしていない。あくまで個ごの事件の下に適否が問われる。

5. 医師作成であると整復師作成であるとを問わず事実・真実が問われる。

6. 以上の次第から整復師を対象としてことさらに通知を出すことについてはその適否を含めて即断は困難。

7. 医師の場合の通知は、ことさらに医師のために記したものというより、事件(傷害事件)の取り組みとして医学医療の上から一般的に必要とされる場合のことを記したが、この事をもってことさらに整復師を意識して否定するなどとしたものではない。

  以上のようなことから、今回の注意,問題提起はその意義はまことに大きなものと考える。そして、回答としては、「整復師」という特定の場合の取り扱いを通知すべきかどうか、裁判制度の中で考えなければならないことから難しさがある訳で、このことは整復師を否定したりするものではないことは前述のとおりです。医師の場合と整復師の場合の共通点と相違点があるということです。現に、必ずしも整復師作成診断書が全部否定されるなどとはなっていないところです。

 

 

 

                           ☆☆☆最高裁判所への要望☆☆☆

 

 

 今度の最高検察庁との懇談会で前記のようなことが分ってきました。この様なことを理解した上で今後の努力として次のような取り組みが大事と考えます。

 

1. 警察当局による整復師→非医師→整復師作成診断書否定の誤りの注意

2. 検察当局に対して、警察当局の整復師作成診断書否定の防止の注意の要望

3. 整復師自身の意識昂揚を図り、問題・事件への理解を深める運動

最高検察庁との要望・懇談のあと、さらに、関係者の整復師作成発行診断書に対する一層の正しい理解を得るために最高裁判所にも次のような要望を行いました。

 

 

最高裁判所 要望  ←クリックして資料をご覧下さい

 

 

 

 

                            ☆☆☆ 警察庁への要望☆☆☆

 

 日頃全国の警察で整復師診断書取り扱いの拒否・否定問題が発生のため、この防止に直接の機関として警察庁及び全国警察本部に次のような要望を行い理解と協力を賜りました。なお、全国警察本部訪問後、理解と協力を賜った旨を整復師社会全体の健全化を図るうえから、全国の社団法人団体あてにこれの紹介を行いました。

 

警察庁への要望 ←クリックして資料をご覧下さい

 

 

 

 

                  ☆☆☆全国警察本部交通部交通指導課訪問☆☆☆

 

      この度、整復師が交通事故患者の診断書作成にあたり、全国の警察本部交通部交通指導課に理解と協力を賜りました次第は次のとおりです。

 

全国警察本部への要望 ←クリックして資料をご覧下さい

 

 

 

 

            「診断書」正常化にともなう整復師の新な自覚「責任と使命」

 

 

 整復師社会の正常化とともに整復師自身の責任と使命の問題が注意されるところとなりました。この度は、刑事訴訟法の問題とともに整復師の作成・発行する診断書に対しても新な責任と使命の自覚が注意されることになりました。従来、警察の交通事故患者の診断書取り扱いで、整復師発行診断書取り扱いに関して医師発行診断書と比較され、医師は全分野医療担当であるのに対して整復師は部分医療担当だから、整復師発行診断書に対して、万一、整復師業務を超える場合には困るから、それに備えて医師発行診断書を求めるべきという理論で取り扱われていたことを、万一の場合を想定することの是非と、万一の場合を想定すべき場合の取り扱いについて、警察当局の注意とともに整復師自身にとっても新な責任と使命に対する自覚が求められるところとなりました。「診断書」正常化にともなう診断権についても、整復師社会の向上とともに整復師自身の新な自覚の時代です。

 

 

警察の新な注意

 警察の整復師作成発行診断書に対する新な注意とは、刑事訴訟法上の証拠能力について、

① 刑事訴訟法第321条第1項第3号と同法第321条第4項の間で特段の格差がないにもかかわらず、第321条第4項の方が第321条第1項第3号より優先・上位とする取り扱いを行い、整復師疎外の正当理由としている問題の注意です。この問題の直接の問題点は第321条第1項第3号対同法第321条第4項の対比に関する疑問です。もともと第321条第1項第3号と同法第321条第4項はその証拠能力の正否や強弱や優先性などで比較され、優先・被優先などとされるものではないものが比較されて取り扱われる疑問です。② 医師と整復師が異なる法条を適用していることと、医師対整復師の力関係を刑事訴訟法上に与えようとするような感を抱かせる取り扱いです。そして、なお、さらなる注意に、この疑問を敢えて問題とさせない程の強力な威力を既得権として医師に持たせた「国民のための制度を資格者のための制度」とした政・官・業癒着構造社会のわが国自体の既得権社会の問題があります。既得権社会の既成概念が整復師対医師を比較し、その比較を法条の力に転化し、本来は証拠認定方法の問題であるものを証拠能力の問題とする疑問です。

 また、警察の力に対する注意もあります。警察当局に対する整復師や国民・患者の力は必ずしも強くはありません。殆どの者が警察当局に対して疑問や不満があってもそのことについて理解を訴えることは困難です。このことについて国民の一人として努力すべきことは当然ですが、しかし残念ながら殆ど困難です。因に、平成5年4月16日、東京地裁、警察検問の行き過ぎ事件で警視庁に100万円(慰謝料)支払判決がありました。検問・取り調べで警察当局の認識が問われた事件です。

 改めて、本来、刑事訴訟法第321条第1項第3号による証拠であると同法第321条第4項の証拠であると、それらの証拠能力は証拠自体の能力によるべきものを、証拠認定方法を利用した取り扱いの正当化に用いたり、医師対整復師という資格者の力関係を法条の権威に結びつけ、その正当化を図ろうとすることの疑問の問題です。警察当局の既成概念の誤りに便乗し、医師対整復師を比較し、医師診断書提出を強行するための正当化理論に「万一、整復師業務を超えるような場合に備えて。」を乱用する行き過ぎのないよう注意の問題です。この注意は法条間だけでなく同一法条の中でも求められます。真実と事実こそ大事で、それを無視するような力の使用は厳に注意されるものです。

 

 

整復師にも求められる新な責任と使命、一層の資質向上

 刑事訴訟法の証拠取り扱いに関する警察の注意が記されましたが、整復師にあっても新しい自覚による新な認識の注意が求められる次第です。整復師の求められる新な認識・自覚とは、従来の医師優先、整復師被優先とされていたことによる医師の責任の中に整復師の責任が埋没された暖昧な責任からの脱却です。たとえば、医療事故や事件の中で、医師ならば問われる問題でも整復師では問われないような問題とされることへの甘えや逃避の注意です。整復師業務が医師の全医業分野に対して部分医業であることから、部分医業を超えた分野に対して逃避的態度が許されると期待する甘えです。もとより部分医業としての分野を超える医療が許されないことは当然ですが(外科手術や薬品投与など)、しかし、このことが整復師の責任回避の免罪符にはならないということです。従来の整復師への差別的取り扱いの原因の中にはこうした整復師の甘えや逃避を前提とした取り組みもありました。整復師が甘えた場合、その甘えの部分が問われるような事件では整復師の証拠では不可となり医師の証拠を求められることは当然です。そして、このことは、結局は、整復師の他の正当業務をも含めた全般への取り扱いとなり、ついには整復師自体への評価として医師優先・整復師被優先の取り扱いとされるものです。刑事事件という厳しい責任を求められる警察としてその使命達成のためには行き過ぎた権利乱用の注意が求められることは当然ですが、一方、証拠に対する整復師の暖味な甘えを前提とした取り組みについても根本から注意されます。整復師に新しく求められる新な責任と使命とは、整復師自身の一層の資質向上に努力することは当然ですが、そうした基本的レベルアップの上に、自己の業務の限界や可能性の見極めという責任と使命の確立です。自己の限界の向上拡大に努力することとその限界を超えたものに対して医師に委ねることは矛盾することではありません。この限界は常に変化しますが、この中に整復師の信が問われるものです。今後、整復師の資質向上によるレベルアップが図られるにしたがい、医師と同様刑事事件で整復師の証拠が厳しく審議されることが増えてくるものと考えます。整復師業務範囲にあっての証拠については医師の証拠と差別なく審議されることになります。その時、整復師も医師も同一内容の証拠であればともかく、異なる内容の場合、整復師だから暖昧不備でも許されるなどということのないよう注意が求められます。医師にあっては既に従来よりこうした取り扱いの中にあった訳ですが、整復師についても向上した結果として同じ取り扱いとなる訳です。そして、もし、両者の診断に相違があれば、資格による判断ではなく診断された内容の判断の適否によるとされるものです。即ち、資格に対する取り扱いではなく、診断された内容の適否に対する取り扱いということです。このことこそ整復師社会正常化の確立の最大の基本です。

 警察当局の刑事訴訟法取り扱いが、整復師診断書取り扱いに対して、証拠認定方法をめぐって医師と区別するために、そして、その区別を医師診断書取り扱いの正当化のために行なわれたことから生じた疑問が資格と制度のあり方に関する問題を惹起しました。そして、この原因に整復師自身の萎縮した姿勢が重なっていたことが重要な原因であることも分ってきました。警察当局が整復師の萎縮に便乗した取り扱いの疑問も分ってきました。国民の整復師医療選択の自由の一層の正常化のためには整復師自身の資質向上を図り、診断の責任の確立を図ることが大事です。新な責任と使命に対する自覚が求められる次第です。

 

 以上、当会会報から抜粋紹介いたしました。本件は整復師制度の根本における最も大事な問題です。是非とも一人でも多くの方がたに理解していただきたいものです。

 

 

 



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